果報は(寝て)待て

今朝は快晴、気温は氷点下、寒いが日差しがあって明るく気分は良い。

「果報は(寝て)待て」ということわざあり、この記事のための言葉だろうか。

NHKラジオ古典講読「方丈記と鴨長明の人生」をスマホで聞く。鴨長明は後鳥羽上皇(後鳥羽院)や鎌倉三代将軍源実朝と和歌を通じてつながりがあった。実朝が兄頼家の子により暗殺されるとそれも火種となり後鳥羽院は承久の乱を起こした。が、戦いに敗れ失脚、隠岐に流され生涯を閉じた。しかしその人間性は素晴らしく「天才」の名にふさわしいらしい。

いつの時代も「生きる」ことは容易ではない、苦しくて困難だ。時代は貴族社会から武家社会に変わろうとする激動のとき、平家と源氏の戦いがあり、世の天変地異も重なり飢饉が続き乱れていた。さなか懸命に生きた人々の記録が方丈記に記されている。民が救いを求め結果多くの宗教家も輩出した特異な歴史のひとときであった。

さて今の世がどれほど違っているだろうか。

与えられた人生の一瞬を生きるのに800年前といささかも違っていないだろう。あのころたび重なる自然災害に苦しみながらも懸命に生きること、時代がくだり世のなか便利になってもIT詐欺に引っかからず上手に生きることは「人生を生きる」うえでまったく同じことだ。

チョイと舌足らずだが、そんな思いを新たにしてくれた記事であった。

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